翻訳と辞書
Words near each other
・ 間垣部屋
・ 間堀川
・ 間多均
・ 間夫
・ 間奏曲
・ 間奏曲はパリで
・ 間好子
・ 間宮
・ 間宮 (さいたま市)
・ 間宮 (函南町)
間宮 (給糧艦)
・ 間宮いずみ
・ 間宮えりか
・ 間宮くるみ
・ 間宮不二雄
・ 間宮佑圭
・ 間宮信繁
・ 間宮倫宗
・ 間宮優希
・ 間宮兄弟


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

間宮 (給糧艦) : ミニ英和和英辞書
間宮 (給糧艦)[まみや]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [けん, ま]
 【名詞】 1. space 2. room 3. time 4. pause 
: [きゅう]
  1. (n-suf) wage 2. gift 
: [かて]
 【名詞】 1. food 2. provisions
: [かん]
  1. (n,n-suf) warship 

間宮 (給糧艦) : ウィキペディア日本語版
間宮 (給糧艦)[まみや]

間宮(まみや)は、日本海軍の給糧艦(運送艦)〔#艦船要目(S1512)p.7『(艦名)間宮|(艦種)運送艦|長(米)144.78|幅(米)18.59|喫水(米)8.43|排水量(噸)(基準)15,820|速力(節)14.0|短艇數7|(製造所)神戸川崎造船所|起工年月日 大正11-10-25|進水年月日12-10-26|竣工年月日13-7-15|大砲14c/m…2 8c/m高角砲…2|發射管 |探照燈1|機械(種類)直立三段膨張式(數)2|罐(種類)艦本式(數)8|推進器數2|馬力10,000』〕。
その艦名は、樺太の間宮海峡から採られた〔#幕末以降帝国軍艦写真と史実p.192『間宮(まみや) 艦種特務艦(運送艦) 艦名考岬名に採る。間宮海峡は樺太韃靼海峡の最狭部なり。 ―要目― 長114.78米/幅18.59米/吃水8.43米/排水量15,820噸/機關 直立三聯機2軸/馬力10,000/速力14/兵装 14糎砲2 8糎高角砲2/起工 大正11-10-25/進水 同12-10-26/竣工 13-7-15/建造所 神戸川崎造船所』〕。給糧艦とは艦艇に食糧を供給する補給艦のことである〔#ポケット海軍年鑑(1935)p.70『特務艦"間宮 まみや" 全要目 特務艦と云ふのは戰闘を行ふ艦ではなく云はゞ艦船中の非戰闘員である。しかしこれが又艦隊にとつては非常に大切なのである。燃料、糧食、軍需品を輸送するのがその本業で、これが圓滑迅速に行はれなかつたら到底艦隊は活潑な行動を續けることは出來ないからである。 間宮は特務艦の中でも運送艦で、又その中の給糧艦である。米麥の倉庫は元より生糧品の大貯蔵庫を始め凡ゆる給糧装置は遺憾なく設備されてゐる。全長144.78米、幅18.59米、平均吃水8.43米。 尚特務艦には"青島せいたう" "洲崎すのさき" "室戸むろと" "野島のじま" "知床しれとこ" "襟裳えりも" "佐多さた" "鶴見つるみ" "尻矢しりや" "石廊いらう" "隠戸おんど" "早鞆はやとも" "鳴戸なると"以上計14隻の運送艦の外に"朝日あさひ" "敷島しきしま" "富士ふじ"以上3隻の練習特務艦、"摂津せつつ"標的艦、"膠州こうしう"測量艦、"大泊おほとまり"砕氷艦などがありその合計20隻、排水量合計は227,477噸である。』〕。
== 概要 ==
八八艦隊計画内で能登呂型給油艦の1艦として予算が成立したが、海軍の強い要望で連合艦隊随伴用の給糧艦が1隻、その予算で建造された〔#日本補助艦艇物語226頁『(8)給糧艦 間宮』〕。それが間宮である。船体は商船構造とし、設計は川崎造船所に委託。設計は同社がかつて手がけた大阪商船の北米航路向け貨客船はわい丸の設計を手直ししたものであり、就役当時は間宮は世界最大の給糧艦であった。戦時、平時問わず日本海軍の補給の要として活動したが太平洋戦争末期、アメリカの潜水艦の雷撃により沈没した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「間宮 (給糧艦)」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.